『日本国内における
「静かな退職」の実態』
ウェビナーについて
「静かな退職」 (quiet quitting) という言葉を耳にされたことはおありでしょうか。字面だけを見ると「ほとんど誰にも気づかれずに辞めていくこと」を指している言葉だと思いがちですが、実際には「退職するわけではないが、仕事に対する熱意を失い、与えられた仕事以上のことをしない働き方」を意味する言葉です。
「静かな退職」という言葉が多くの人々からの注目を集めたのは昨年夏のことで 、米国を中心とした海外では、ソーシャルメディア TikTok からハッシュタグなどを経由して認識が広まりました。主にZ世代などの若い世代の価値観や行動パターンの変化として捉えられたといえます。
しかしながら、日本国内で正社員として雇用されている18歳以上の就業者を対象として当社クアルトリクスが実施し、4,157人から回答を得た「日本で働く人の意識調査」(2023 年 1 月下旬実施) では、回答者の 15% が「静かな退職」に該当することが示されました。従業員の属性としては、「40代・50代の中堅・シニアクラス、一般社員、周囲との連携が弱い人々、パフォーマンスが平均に満たない」層において、「静かな退職」状態にある従業員の比率が高めとなっています。
この調査に大きな反響をいただいたことから、クアルトリクスではこの「静かな退職」の実態および想定される対策について、4月にウェビナーを実施し、多くの方のご参加をいただきました。また、ウェビナーの配信中にも、「オフィス回帰 (RTO)」をテーマとして実施した前回同様、たくさんのご質問をいただきました。
本ブログでは、ウェビナー中に参加者の皆様からいただいたご質問に対し、Q&A形式でお答えしていきたいと思います。
静かな退職 Q&A
静かな退職発生の理由と 「予防法」
Q 「静かな退職者」を発生させやすい組織には、何か特徴があるのでしょうか?
A 「静かな退職」状態になってしまう背景には、各従業員の個人的な事情もあれば、組織風土、業務の特性、従業員の構成など様々な要因があります。特に組織としての具体的な特徴としては、戦略や理念の不透明性、学び・成長する機会の不十分さ、非効率な業務の繰り返し、周囲の従業員と協力しながら遂行する業務より個人で完結させる業務が中心といった傾向がある一方で、居心地自体は悪くない雰囲気があるものと考えられます。
こうした組織に在籍する「静かな退職者」は、積極的に離職する必然性はなく、貢献意欲が低いまま在籍し続けるという状態に陥りがちとなるのではないかと推察します。
Q 「静かな退職」をする人々は、福利厚生や報酬が十分で快適な生活ができているため、努力する必要がなくなり、向上心が失われるのでしょうか?
A ご指摘の通り、「静かな退職者」の中にはそのような方も含まれると思います。ある種の「居心地の良さ」に身を置くことに甘んじてしまう結果といえます。
ただし、経済的にはそれほど豊かではなくても、プライベートにおいて自身の興味・関心を追求する生活をするため、仕事に投入する時間や労力は限定しながら、現状維持の働き方を選ぶ人々も存在します。従って、経済的な背景のみが決定要因というわけではありません。
Q 「静かな退職者」になる人たちは、入社する前からそのような要素を持っているのでしょうか?入社してからそうなってしまうのでしょうか? そうなってしまう要素を持つ人を採用しないことが最良の解決法だと思いますが、他にも方法があるのでしょうか?
A ウェビナーの中でもご紹介いたしましたが、勤続年数別に「静かな退職者」比率を集計してみると、入社時からそのような状態にある従業員はゼロではないにしても、極めて低水準であることがわかります。
採用時に自社の「パーパス」などに共感する候補者をしっかり見抜くことに加え、入社から3年程度の間に有意義な体験を従業員に提供することによって、担当業務に対する興味・関心・向上心の土台をしっかり構築するようなアプローチが求められます。
Q 入社3年目までが重要ということですが、40代になるまでに様々な経験をしていくと思います。「静かな退職」に至るきっかけや、経験はどのようなことが考えられるでしょうか。それがわかれば予防対策ができるのではないかと思いました。
A 確かに、データでもご紹介したとおり、日本では40代・50代で「静かな退職者」比率が最も高くなっていますが、その手前の30代でもそれに近い水準に達しています。
入社から3〜5年の回答者に絞ると、エンゲージメントを左右する主要な要因(Top 5)は、良い仕事に対する認知/直属上司に対する信頼感/スキル・能力の活用機会/権限委譲/倫理的な経営判断となっています。
組織における中堅クラスとして、自身の権限でスキルや能力を発揮しながら業務を遂行したり、良い成果に対してはきちんと認めてもらえるような機会がなければ、自発的な貢献意欲や学習意欲を失うきっかけになることを示唆しています。
それでも、最低限の仕事をしていれば自分の居場所を確保できる職場であれば退職には至らず、「静かな退職」状態に陥る可能性が高まるものといえます。
Q 最初の3年間の教育において、長期的な人生計画を立てさせるなどは効果的でしょうか?
A 効果的だと思います。自分が何のために働いているのか、どのようなことを実現したいのか、いつ頃までにどのようなキャリアを歩んでいきたいのかなど、長期的な視点で働き方を含む人生設計ができていれば、短期的に望ましくない体験があったとしても、目標達成を目指して熱意を維持しやすくなるはずです。
もちろん、不確実性の高い時代ですので、長期的計画においても状況の変化に応じる柔軟性を残しておくべきと考えます。
Q 人々が「静かな退職者」になってしまうのは、本人の価値観もありますが、それまでの会社からの扱いが積み重なった結果も影響しているのではないかと思います。その面は経営陣に理解されているのでしょうか?
A 経営陣の方々は、全社レベルの戦略や方針決定の責任、権限・裁量の範囲の広さなど、会社・組織の中で一部の人だけが果たす役割を担っています。また、自身のこれまでの業務において多くの成功体験を積み上げてきた方々であることが一般的です。
対して、「静かな退職者」比率が高い40代・50代の従業員は、年功序列や終身雇用をベースとした人事体系の中、若手・中堅社員として努力を重ね、将来自分自身が活躍する機会を期待していたはずです。
しかし、その後の社会や職場の人事制度・方針の変化によって描いていたキャリア展望とは大きく異なる現実に直面し、その結果として意欲が低減した部分もあると考えられます。
経営陣の中には、このような背景を理解している人々と、静かな退職者を単に「やる気のない人たち」と決めつけてしまっている人々が存在します。後者の場合、経営陣側の現場感覚の欠落から、一般従業員との考え方の溝は深くなる傾向があり、「静かな退職」問題の解消をさらに難しくしてしまうと考えられます。
静かな退職(Quiet Quitting) 対策
Q 日本は他国・地域と比較すると、エンゲージメントは低いが勤続年数の長い「静かな退職者」の比率が多いように思います。文化や組織風土など、日本と他国・地域の間に顕著な違いはあるのでしょうか?
A 日本では、これまで終身雇用を前提として年功序列で昇進できる仕組みが根強かったことなどから、もともと継続勤務意向が強いという背景があります。
近年、人事制度や方針の面でこうした前提が崩れてくる中で、特に中堅〜シニア層にかけての世代は若い頃の努力が報われない状況に直面し、会社・組織に裏切られたような気持ちから、貢献意欲を失ってしまうケースが発生しやすいのではないかと推察しています。
Q 「静かな退職者」が、その状態から離脱することは非常に難しいのではないかと考えています。熱意を取り戻して働いてもらうことは果たして可能なのでしょうか?
A 本ウェビナーでも触れさせていただいた通り、統計的分析結果によれば「静かな退職者」のエンゲージメントに対する強力なドライバー(強い影響を与える要因)は見当たりません。自身の価値観やプライベートに根付いた行動であるため、外的な要因で変化しにくいことを意味します。したがって、「静かな退職」状態となった人々が再び熱意を取り戻して仕事に没頭する可能性は、通常の従業員と比較すると低いといわざるを得ません。
Q 成果型報酬の導入は、「静かな退職」の対策になり得ますか?
A 残念ながら、「アメとムチ」に相当するような成果型報酬は、「静かな退職者」への対策としてはあまり効き目がない可能性があります。今回の分析結果からは「静かな退職者」は自身の成果に対する評価・報酬によってさほど動機づけされないという傾向(相関係数の低さ)を示しています。
明確な効果に繋げることは容易ではないものの、「静かな退職者」の「内発的動機」に当たる「興味・関心・向上心」を改めて刺激するためには、仕事のやりがい、適所適材による経験やスキルの活用、他の人と連携しながら仕事する機会の拡充を実現させるようなアプローチの方が有効であると考えられます。
Q 「静かな退職者」に対してアクションプランを立てることと、コア人材の良さを伸ばすアクションプランを立てることでは、どちらを重視すべきでしょうか?
A どちらも重要ですが、まずはコア人材の良さを伸ばすアクションが優先されるべきではないでしょうか。全従業員に占めるそれぞれの該当者の比率、業績に対するインパクトの大きさ、アクションによる成果の出しやすさなどが考慮すべきポイントになります。
ただし、「静かな退職」を放置すれば、中長期的なネガティブなインパクトは看過できないものになります。それでも「静かな退職者」に対して同等の労力やコストのかかる対策を打っても目に見える効果を得られるまで時間がかかりますし、「コア人材」のサポートから得られるプラスの成果の方が大きいとみられます。
Q 「静かな退職」の対策の一つに詳細な指示があったと思いますが、「自分はこれ以上の仕事はしません」という気持ちである従業員は、詳細な指示を受け入れてくれるのでしょうか?
A ご指摘のような疑問は当然残ります。実際に、追加的な業務範囲を受け入れていただくための十分な協議が必要になります。ただ、「静かな退職者」は元々「決められている範囲の仕事はこなしている状態」ですから、現状の業務上の支障がないのであれば、特に対処を考える必要もないはずです。
しかし、組織として踏ん張らなくてはならい状況下でもしっかり成果を出してもらうためには、最低限どこまでのことが期待されているのかを事前に合意しておかない限り、問題の解消にはつながらないと考えます。
Q 貢献意欲が低く、ローパフォーマーであるにもかかわらず、継続意向が高い人は退職してくれるのでしょうか?様々な企業が、そのような人々を退職させるのに苦労しているように見えます。
A 「静かな退職者」は、本人に継続勤務意向がある(=退職する意思がない)ことから、日常的な行動やパフォーマンスなどによほど明らかな問題がない限り、会社・組織から退職を促すことは難しいといえます。よって、多くの企業が悩んでいるのが実態です。
この点は、むしろ同じように貢献意欲が低くても退職していく従業員の方が、組織にとってはまだ健全な状況かもしれません。「静かな退職者」が長期にわたり在籍する場合、業務分担、イノベーション、組織風土などに対してマイナスの影響が生じる可能性が高まります。
Q 早期退職制度は結局のところ、「辞めてほしくない人が使い、辞めて欲しい人は使わない」とよく聞きます。「静かな退職者」に関連して、どのような退職制度があれば、皆にとってハッピーなのでしょうか?
A 静かな退職者」が自ら応募するような早期退職制度を設計するのは容易ではないといわざるを得ません。継続勤務意向が強いことはもちろんですが、学習意欲が低く、仕事で輝かしい実績がないため、退職後の自分の生活の展望を描きにくいためです。よって、まずは生活を守るための再就職支援は必須だろうと思われます。
再就職先での業務は、該当従業員の興味・関心を改めて刺激するような内容で、かつ無理をしない働き方を維持できることが求められるはずです。そうでなければ、「静かな退職者」は転職するリスクから、引き続き現在の職場にとどまる可能性が高いといえます。
調査内容・分析手法について
Q 分析の仕方について、「周囲との連携」はどのようにしてグルーピングをされましたか?
A 本調査における「周囲との連携」は、仕事関連の人間関係の密度を問う設問8項目(例:職場に相談相手がいる/他の従業員を巻き込みながら仕事をしている、など)に対する回答の平均点が回答者全体の上位25%以上を「連携グループ」、下位25%以下を「孤立グループ」、残りを「平均グループ」として分類しております。
Q 生産性は何を指標にしてどう計測したのでしょうか?
A 本調査における「生産性」は、「私は、生産性の高い働き方ができている」という趣旨の設問項目に対して、「非常にそう思う」または「そう思う」とした回答者の比率で把握しております(本設問に対する回答について、ウェビナー中においては「パフォーマンス」と「生産性」と取り違えて誤った回答をしておりました。お詫び申し上げます)。
Q 今回の調査対象 4,157 人は、特定の業界・業種から選ばれているのですか?
A 今回の調査回答者には、さまざまな業種の方が含まれています。代表的な業種としては、各種製造業のほか、情報通信、ソフトウェア、運輸、小売、金融、医療などとなります。なお、日本の労働力人口の統計に基づき、性別・年齢別の構成比になるように回答者の収集を行なっております。
以上が、参加者の皆様からお寄せいただきました質問と回答となります。皆様のご参考となれば幸いです。
6月6日の次回ウェビナーでは
「キャリア自律」を解説
6 月 6 日(火曜日) 開催の次回ウェビナー では、各自が自らのキャリアについて責任を持って主体的に考え、自主的にキャリア形成に取り組む「キャリア自律」の日本国内の実態について解説します。
人事課題の一つとして最近注目されているキーワードが「キャリア自律」・「リスキリング」です。しかし、今回の調査からは、そもそもキャリア目標がある人、キャリア上のロールモデルがいる人、現在の職場でキャリア目標が達成できると考える人は、それぞれ全体のわずか4分の1程度にとどまり、3〜4割は否定的な回答をしています。
また、「既存スキル・知識の深掘り」「新しいスキル・知識の習得」については、4割程度の回答者が行っていると回答しているものの、充分なレベルとはいえません。また、勤続年数が長いほど学習意欲が低下しているほか、キャリア上のロールモデルが存在せず具体的なキャリア目標を設定しにくいなどの問題も垣間見られます。
ウェビナーでは、アビームコンサルティングの久保田勇輝様をゲストにお迎えし、「キャリア自律」の実現に向けた取り組みなどをご紹介する予定です。ぜひご参加ください。
EX トレンド解説ウェビナー
「キャリア自律」