はじめに
皆さんは、CXO (Chief Experience Officer /エクスペリエンス最高責任者) という役職を耳にされたことはおありでしょうか。Gartner の調査によると、90% の企業がこの役職、もしくは同様の責務を持つメンバーを配置しているとのことです。
この記事では、CXO とはどのような存在で、役割はどのようなものなのか、現場の方々はどのような仕事をしているかについて説明したいと思います。
CXO の役割
CXO の「X」は「エクスペリエンス」(Experience)です。弊社クアルトリクスでは、ブランドから始まり、商品&サービス、従業員、カスタマー(顧客)の全てが企業と関わるエクスペリエンス (体験) と考えています。
一方で、HBR に寄稿されている記事によれば、CXO の役割とは、カスタマー エクスペリエンス (CX) と従業員エクスペリエンス (EX) の両方に責任を負うものとされています。しかしながら現時点では、CXO の肩書きを持つ方々の役割を見ると、カスタマー エクスペリエンスに重点をおいている職務であることが多いように見受けられます。
そして、カスタマー エクスペリエンスに重点をおいたCXOの役割としては、「顧客ライフタイムバリュー (CLV)の最大化」が挙げられます。これを実現するために、顧客ロイヤルティを KPI として、CX の向上を推進します。
稀に 「顧客の維持」 が CXO の役割として挙げられていることがありますが、Bain&Company のロブ・マッケイ氏によると、CLV (彼の説明では カスタマー・バリュー "Customer Value" という言葉が用いられています) は以下のように分解することができ、「顧客の維持」 は結果として CLV の向上へ繋がります。
CLV の最大化の実現において、カスタマー エクスペリエンス (CX) の向上が不可欠と言われているのは周知の事実かと思います。しかし、 CX がどのように企業の財務指標とリンクし、どの程度の影響を与えるのかを、過去から現在までの顧客の体験データ・オペレーショナル データ (属性・履歴情報) と、自社の事業特性等を踏まえて理論立てて、他の役員に対して納得感のある説明ができる能力も CXO には必要ではないかと考えます。
これは、CXO が顧客を最も定量的に理解している存在であり、各役員から以下のような質問を受けることが想定されるからです。
これらの質問に答えるには、経験則や企業の事業・ビジネスへの理解だけではなく、顧客への理解が必要です。
つまり、どのような施策を打つことが、どの顧客接点の、どのドライバーのスコアを向上させ、それが顧客ロイヤルティをどの程度上昇させるかのイメージを持つことで、検討している施策がもたらすインパクトを把握することができると考えられます。
このような数字を理解していることで、上記のような質問にも滞りなくアドバイスをすることができるのではないでしょうか。
CX 部門の役割
前章では、CXOの役割を確認しました。それでは、CXO の下に所属するメンバーは、どのような職務を担当しているのでしょうか。
一例ではありますが、海外を拠点とするあるグローバル金融機関は、2017 年にカスタマー エクスペリエンス チームを発足させた際に、コンサルティング ファームと共に、カスタマー ジャーニーの策定から CX 部門の役割を定義し、30 名からなる組織として各部門からメンバーを募り、以下の 4 チームの編成を行いました。
(1) 運用・モニタリングチーム
a.サーベイ設計・配信サポート・実行
b.ダッシュボード / レポート作成・サポート
c.定期調査における異常値モニタリング・通知
(2) ワークショップチーム
a.CXの社内浸透および、CX成熟度向上のためのワークショップ実施
b.社内・外の好事例の横展開
(3) クローズドループチーム
a.CX部門、もしくは、フロントスタッフで対応できる改善施策を特定し実行
b.特定の部門で対応できる改善施策を特定し、該当部門へコーチング
(4) 戦略策定・評議会運営チーム
a.顧客の声から企業全体として取り組むべきCX向上施策を検討
b.CX向上施策の意思決定を行う評議会を運営
当初、30名でスタートした組織は、2 年後の 2019 年には 15 名に、2021 年には 6 名にまで縮小されました。
これは、この企業でCXの価値が衰退していったという意味ではなく、「CX 部門の活動効率化」と「事業部門での CX コーチングを目的とした異動が発生したため」とのことでした。
例えば、(1) の運用・モニタリングについては、社内 FAQ・ベスト プラクティスなどを策定したり、基本的なオペレーションは自動化することができます。
2017 年の CX 部門発足初期には、(2) のワークショップなどにより、好事例展開などを継続的に実行していました。そこに、CX の成熟度の高いメンバーが事業部門でコーチングをすることにより、企業全体に CX の文化が浸透しやすくなるだけでなく、リアルタイムなコーチングにより、より迅速な対応を取ることができるようになりました。
しかしながら、このような大規模な CX 部門の組成は、現実的にはなかなか難しいかと思います。CX 部門が横断的な特性を持つという部分から、(1) のチームから開始し、徐々に (2) のチームを組成し、業務に取り組んでいるというケースが多いのではないでしょうか。
その場合、私の知る限り、顧客サーベイの結果を分析し、CX 向上のビジネスインパクトをワークショップなどで報告・認知する機会を地道に重ねて、社内の啓蒙と CX の底上げを実行し、成熟度を高めていったケースがありますが、爆発的な企業全体への拡大のきっかけとなったのは、データ分析結果から得られたビジネス インパクトへの実証でした。
上記の例にある「海外を拠点とするグローバル金融機関」では、トップダウン型のスタートではありましたが、プロジェクトを主導した責任者は CDO (Cheif Data Officer) も兼任していました。ここからも、CXO には、定量評価を行うための一定程度のデータ分析能力が必要であるとの裏付けが見えてくるかと思います。
余談ですが、欧州の金融グループでは、上記に定義したチーム以外に、データアナリスト・サイエンティストを集めた分析専門の部門が存在しており、クアルトリクスで提供している統計分析機能 (Stats iQ™) 等を利用して、顧客セグメント毎に顧客ロイヤルティと主要なドライバーに関するモデルを構築している、といった例もあります。
CXO の今後
WSJ (Wall Street Journal) に、CXO という存在は、CX が企業全体に浸透した段階で不要となるという 興味深い記事 が掲載されていました。それに呼応するかのように、Forbes でも CXO というポジションはなくなる可能性はあるものの、CX を推進する組織は継続されるという 記事 が掲載されました。
先程例に挙げた、海外を拠点とするグローバル金融機関では、2022 年から大規模なデジタル チャネルへの移行プログラムが実行されました。その過程において CX 部門は再拡大し、デジタル チャネル移行における顧客の声を収集し、移行後のカスタマー ジャーニーなどを策定等、CX 向上に向けて日々対応を行っており、CXO に該当するポジションも存続しているとのことでした。
一方で、「CX が企業全体に浸透した状態」 とは、そもそもどのように計測するのかという議論も残っています。クアルトリクスでは 「CX 成熟度モデル」 を定義しており、組織が CX 成熟度のどのステージにいるかをサーベイで診断することができます。このサーベイを各部署・役職に対して実施することで、全体の成熟度とともに部署間・役職間の成熟度のギャップを計測することに役立つと考えられます。
おわりに
今後の CXO の役割は、カスタマー エクスペリエンスの枠に留まることはないでしょう。たとえ顧客ロイヤルティが上昇し、他社と比較しても高い結果が得られたとしても、それらを提供する従業員が疲弊していては、この状況を継続することは困難であるからです。
つまり、CX の継続的な向上には、従業員エクスペリエンス (EX) まで包括的にカバーし、現状を把握するとともに改善アクションを起こし、その効果を測定していくことが必要である、ということになります。また、現時点では非顧客/非従業員である人々を惹きつけるためのブランドもまた、企業を取り巻くエクスペリエンスの一部であるともいえます。
こう考えると、CXO の役割は CX の範囲のみに留まる必要はなく、従業員やブランド、製品なども含めた総合的な「エクスペリエンス」を対象に、継続的に拡大していくポテンシャルがあるのではないかと考えています。
クアルトリクスの
顧客エクスペリエンス (CX) ソリューション